きもの選びは友達探し、あなたの笑顔に癒される by かずまさ

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第940号 2019年7月30日「絹」

940着物屋に来る苦情は、着物のことを知らないからクレームになることが多い。
まず、素材の特徴として、絹は、水分を一番早く吸い一番早く発散する、弱い、そして黄変する繊維だということ。対応としては、汚れたらなるべく早く処置することだ。そうすれば大概は元に戻る。動物性繊維だから、人の体には優しくフィットする。中には、洗濯機で洗えるように織った絹もあるので、そういうものは中性洗剤で洗えばよい。下着類がそれに当たる。黄変は仕方がない。古くなった証と思って処分することだ。絹の良い点を理解して上手に利用すれば、人の体には軽くしなやかで、非常に優しい繊維ということだ。
次に、着物は直線縫いであるということ。これは、曲線縫いの洋服と違い、とても着づらい。着慣れなくては綺麗に着用できない。『ミス着物』のようなコンテストで、着慣れた人が入賞するのは当たり前だと思う。直線縫いだから、何度でも作り直しが出来る。日本の時代背景を考えれば、何度も作り直しが出来る品でなくては困るわけで、それだけ日本人は貧しかったということだ。
あとは袖丈のこと。現代の着物には袖があり、50cmほどから110cmほどの丈があるのだが、農民が80%ほどの頃の袖は、筒袖(つつそで)であった。農作業をするには、袖は邪魔で必要のないものだった。
ところで、上記の話で理解していただきたいことは、洋服とは違い、着物は取り扱いによほど注意が必要ということだ。昔の常着の素材はウール、綿、麻だった。現在は、洗濯の出来るポリエステル素材に変わった。よほどのお金持ちであれば、常着でも絹を着用されている人はあったが、そうでなければ、TPOを考え、絹素材を利用した。高価な品だったから、晴れの日を含めた冠婚葬祭にしか利用しなかった。
現在は、着物といえば絹を想像するが、現代の若者のように、もっとポリエステルの品を利用すれば良い。または箪笥(たんす)に眠っている品を利用するのも良いことだ。着用されずに消えていく着物たちがどれだけあるか?しばらくは、そんな着物たちを再利用して生き返らせる時代かもしれない。ただ、悪徳古着回収業者の悪業は考えなくてはいけない。

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第939号 2019年6月26日「着物を楽しむ」

着物業界の現状を、正直屋のブログ、お知らせ、新着情報、facebook などでお知らせしていますが、厳しい話ばかりです。
今や箪笥在庫になっている着物は、金額にしたら何十兆円にもなるとか。そんな箪笥の中に眠っている着物を、本当の価値を知らないまま、二束三文で売ってしまったり、安易に人に譲ってしまったりしている。そんな価値のある着物を譲り受けることの多い着物好きな方もあるようです。
そうかと思えば、amazon や楽天、メルカリなどで自分の寸法に合う安価な着物を探しては、上手にオシャレを楽しんでいる若者もいます。
やはり日本人は、女性の着物姿に憧れや夢を描いているのか?着物姿の女性には大変親切で、道を尋ねても、大抵の人は丁寧に説明してくださる。中には、そこまで連れて行ってくださる人もある。男性でも女性でもそうだから驚かされる。もちろん、身なりだけではなく、話し方や受け答えも含んでのことだろうが、こんなにも対応が違うものかと思う程だ。
日本人の着物姿は、見ていてとても心地良く、人を笑顔にさせるものです。すべての女性が着物好きになれば、昨今のテレビで取り上げられているような嫌な事件も解決するのでは?などと思ったりしてます。
どうせタダ同然の値段で取られるのなら、汚れるまで着て着物姿を楽しんでみたら?外国人旅行者が増えて、彼らは着姿など一切構わずに楽しんでいる。日本人も、もっと気楽に気軽に着用すればよい。これから夏に向かって『ゆかた』のシーズン。まずは安価なゆかたから始めてみては?
着用については心配ご無用!正直屋のLINE登録をすれば、無料で着せてもらえるよ!予約してからご来店ください。ただし、鶴舞本店は木曜日、和合店は第2・第3水曜日と木曜日が定休日なのでご注意を。
鶴舞本店 0120-39-0529(木曜定休日)
和合店  0120-52983-1(第2・第3水曜/木曜定休日)

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第938号 2019年5月22日「シミヌキ」

938着物の販売をしていて、シミヌキの苦情が多いこと、そして、その仕事に対する理解が低いことを残念に思う時がある。
昭和40~50年代の、まだ毎日着物を着用している人がいた頃は、シミヌキというのは、シミによって使用する液を使い分けるなど、特殊な知識と技術を要する仕事だということを知っているから、『少し高いな』と思っても、請求金額に対してクレームをつけてくるような人はいなかった。
平成の時代に入り、特に感じるようになったのだが、着用機会が減ったことにより、プロに近い着物好きが少なくなった。いい加減なプロが、シミの程度も調べずに、適当に安価な値段を言う。それを聞いた着物のことをよく知らない方が、着物屋に持参してみると、あまりにも請求金額が違うことにビックリして苦情となる。
クリーニング屋さんのするシミヌキと、プロの悉皆(しっかい)屋のするシミヌキとでは、まったくの別物なのだ。私は、いつも病気に例えて説明するのだが、初期の段階で病を見つけて治せば、軽い治療で済むし、完治もする。しかし、遅れれば治療も大変だ。費用も高くなる。シミは病と同じなのです。
我々着物屋は、シミヌキをする職人さんを信用して依頼するわけで、その方が請求する金額が高額であれば、それだけの理由があってのことだと思う。
日々着物を着用されている方は、簡単なシミならベンジン等を使って自分で取っていた。これまでの経験から、専門業者に頼むべきシミなのか、自分で落とせるシミなのか判断していた。もちろん失敗することもあっただろう。そんなことを繰り返しながら勉強し、安価で上手に着物を利用してきた。だから、収納にも気を配る。適度に風に当てて湿気から守る工夫もする。
『高いわねぇ!』と着物のことを知らない年配の方からの苦情は一番悲しい。着物を大切に着用してほしい。そして、着物好きの若者をもっと増やしたい。絹素材とのつきあい方を理解してもらいたい。

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第937号 2019年4月30日「悉皆(しっかい)」

悉皆の仕事に、作り直し(リフォーム)があります。
単衣(ひとえ)を袷(あわせ)にしたり、サイズを変えたり、表で使用してしていた生地を洗い張り後は裏にしたり、上前で使用していた生地を下前にしたり、お父さんが着ていた着物を子ども用に仕立て直したり。そんなことが出来るのは、直線縫いだからです。
ただし、両面使用できるのは、糸を染めてから(先染め)織った品、つまり紬(つむぎ)と呼ばれる製品です。普段着とされてきた品ですから、丈夫でなくてはいけません。だから平織で織られています。天然染料を使用したり、耐久性を高めるために糸を泥につけたり撚糸にしたり、産地ごとに工夫して作られてきました。
日本人が、普段着物を着ない洋風化した生活に変わっていった現代でも、伝統的工芸品として守り作られ続けている産地もあれば、もう作るのをやめてしまった産地もあります。また、趣味で作っている人があって、少量ながら生産されている産地もあります。
このように試行錯誤を重ねて作られてきた品が、悲しいことに、今や日本人の各家庭の箪笥(たんす)の中で、ただ眠っているのです。金額にしたら何十兆円もの箪笥在庫となってしまっているのです。そして、それを安価な値段で処分している日本人がたくさんいます。本場結城紬などは、風合いが綿によく似ているので、譲り渡す人にきちんと説明しておかないと、高価なものとは知らずに、着用もされないで処分されてしまいます。
貧しかった日本人が考えて作り出した着物が、当時は何度も作り直して着用されてきたのに、裕福になった今では、その価値も知らないで平気で処分されていく。着物の欠点は、直線縫いであるがゆえ、上手に着用するには着慣れなければいけないというところです。これさえ克服すれば、どんなところに着て行っても、褒められることはあっても貶(けな)されることはないでしょう。
今日で平成が終わります。来る令和では、もっと着物を楽しみましょう。昔から受け継がれてきた日本人の財産です。

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第936号 2019年3月22日「春」

9363月も終わりに近づくと、桜の開花のニュースが流れる。
以前にも書いたが、この3年間で小学生の袴レンタルが2.4倍になったとか。名古屋でも、3月20日の袴の着付は大忙しだった。ただ、地方自治体ごとに決まりがあり、我が店の地域でも、来年度は着用できない地区も出てくるそうなので残念に思う。
1月の成人式から3月終わりまでは、着物を着る機会が多くあり、準備や片づけで、少人数の当店にとっても忙しい日々だったが、大きな事故もなく良かった。
昨年より、いろいろな品の値上げが続いている。生活用品の値上げについては、自分の商いには直接関係ないが、送料や紙代の値上げとなると、DM単価に影響してくるので困った話になる。
紙からITへと言われるが、ITのほうは、アクセス数によって検索順位が変化する。出来るなら上位を確保しておきたい。
その対策として、ウェブサイトの更新を頻繁に行うよう心掛けている。今月も、振袖モデルの写真撮影を行い、新商品をホームページにアップした。4月にも、2回撮影を予定している。気づいたところから直すしかない。
3月21日にイチローの現役引退のニュースが流れたが、インタビューの中で、自分の生活は引退しても変わらないと話していた。今後も、今まで通りハードな身体作りを維持し続けるとのこと。スゴいですね。

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第935号 2019年2月26日「平成を終えるにあたって」

平成が間もなく終わろうとしている。今年は新しい年号に変わるわけだが、平成の30年間は繊維関係者にとっては激変の30年だった。
平成に変わった頃は、まだ着物、特に常着のウール、紬、小紋もよく売れていた。
親父が亡くなった平成9年以降は、急激に状況が変わった。名古屋の問屋が、3年間で十数軒倒産した。当然、小売屋が集まって作った組合も解散した。
当店も、平成16年から番頭たちの定年退職が始まり、主力商品を振袖にする商いに変えていった。新しく入ってきた若い従業員たちに、着物のすべてを教えるのには無理があった。それまでは、外販と展示会での集中販売だったが、店売りの商いに変えた。
平成15年頃は、ウェブサイトを持たない店が多かったので、しばらくは Yahoo! でも Google でも検索トップページに定着できた。理解ある問屋さんの営業マンの紹介で、振袖グループにも入会することができ、振袖専門店として現在がある。
平成30年の正月明けに『はれのひ』事件が起きた。まさか、こんな事件が起きるとは考えもしなかった。
ここ数年、レンタル比率がどんどん高くなっており、新作振袖パンフを作ることに疑問を持ち、レンタルブックを作ってみたりした。佐川等の送料も値上がりした。まだ安価でDMを送れている店もあるとは聞くが、次第に高額になっていくと思われる。名簿の購入を控えてDM送付を減らし、情報誌や新聞への広告掲載に移行していこうと考えている。
ホームページにかかる費用も年々高額化し、費用対効果も低くなった。IT会社から要求される金額を出すこともできない。もし出せたとしても、それに見合うだけの成果が挙がらないことくらい、今までの経験から予想できることだ。
18才成人式問題も話題になっているが、新しい年号の時代に向け、着物屋として残るには、一番目に『着物好きのお客様』への対応、二番目に『婚礼』に関する対応、三番目は今の私の店では難しいが、『外国人』への対応かな?と思う。
少しずつ気づいた点から工夫して変えていきたいと思っています。

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第934号 2019年1月4日「謹賀新年」

934謹 賀 新 年

明日があるさ 明日がある

若い僕らには 夢がある
いつか きっと いつか きっと
解ってくれるだろう

心はいつも成人式

今年も良い日々でありますように

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第933号 2018年12月5日「HPについて」

933ITに関心を持ったのは、23年ほど前だったろうか?親父が亡くなって20年だから、その前という覚えだ。
初めてITの現場を見た時、『まだ見ぬ未来を垣間見た』と思った。私にとっては、ワクワクする不思議な世界に映った。『古典 30万円 黒』と検索すると、その条件に合った振袖が瞬時に現れる。どんな時代が来るのだろうと思った。現在は誰もが持っているスマホも、こんな便利なものを発明した人は、いったいどんな人なんだろう?と考える。
ITに大変興味を持ったが、すぐにはチャレンジできなかった。親父が亡くなり、私がトップになった時、これから先の店について考えた。その時に浮かんだのは、HPの開設だった。
初めに制作をお願いした人が作ったものは、商品の実際の色とHP画面上での色がまったく違っていた。その後、3社を経て、現在がある。IT会社にもいろいろあることが解った。検索してトップページに出ることは、どんな店も望むものだが、IT会社を経営しながら、そのことにはあまり関心がなく、リスティング広告の必要性ばかりを説いてくる経営者もいた。ITの知識に乏しいあまり、そんな会社を選んでしまった私も悪いのだが。
数年前から、これから先の10年後、ITはどうなっているのだろう?と思うようになった。進むスピードが速すぎるのか?私にはついていけないことばかり。目が悪いのでスマホも持っていないが、HPの文章などを書いている以上、多少でも先を読めなければ遅れる一方だ。若い社員に教えてもらいながら、現状解析をして直しをする。それでいいのだが・・・。
夢の2回戦というのはないのかな?

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第932号 2018年11月21日「日に新た」

成功体験をされた人は、自分の生き方に自信があり、話し方も力強い。特に、営業で誰もが出来ない数字、手法、企画等で成功した人は、退社されてからも、自分がいた会社については、我が子のようにその成長を願い、色々な注文や意見をしてくる。
中小企業の我店でも、やはり成功者がいて、当時は、その人が絶対的であり、数字も作った。販売手法にしても、その方法が絶対的であったから、その真似をしなさい、と親からも強く指導された。だが、それは、能力のない私にとっては、苦痛でしかなかった。親の言うことは、当時の自分にも理解はできた。育った環境や、その時置かれた立場を考えもしないで、同じ方法で戦うことには無理があった。しかし、成功体験の基で店が走り出している以上、その人に従うしかなかった。親父が亡くなってからは、店の方針は、私に決定権があったので、少しずつ変えていった。
人は年を取るもの。また、世の中や社会も変化し、お客様も変化している。それが最高の方法であったとしても、それを続けることは難しい。いくら良い方法だと解っていても、成功者の真似が出来る人間などそんなにいないし、育ってもいなかった。成功者が儲けてくれる、と皆が利益にむさぼりついていただけだった。親父が亡くなった2年後に、お袋も亡くなった。そうすると、嫌でもついてくる人間は女房しかいないことが解った。
成功者であっても、松下幸之助が言う『日に新た』という言葉の重さなど、本当に解る人は少ないように思う。、彼らも、褒(ほ)められれば嬉しいもので、その時の社会の流れや、ずっと先のことまで考えて物事を進めたりしない。だから普通の人なんだろう。
親父が亡くなった平成10年頃までは、まだ着物業界も良かった。その後、名古屋の問屋さん、小売屋さんはどんどんリタイアした。どこまでパイが小さくなるだろう。だが、正直屋は友の会(呉友会)を運営している。会員がいらっしゃる以上、生き続けなくてはならない。お客様が喜んでくださる店になるよう正直な経営をしたい。

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第931号 2018年10月24日「カレンダー配り」

931先日、お客様から、『私は昭和8年生まれだけれど、あなたは10年くらい?』と聞かれた。『もう少し若いですよ。』と答えたら、『ふ~ん、13年くらいか。』と言われた。本当は、昭和25年生まれ。それ以上、会話は続かなかった。
もう43年もお付き合いのあるお客様ですが、わからないのだ・・・。そんな年齢に見られるなんて、頭をグレーに染めても、歩き方や仕草が老人ぽいのでしょうね。
それにしても、昭和一桁だというのに、女性は元気ですね。そんな年には見えない。目も耳も良く、歩く姿もシャンとしている。私は、古くからの自分のお客様だということに気づかず、その場しのぎで会話をして、帰られてから女房に『あの方は誰だ?』と聞く始末。10年もお会いしていないと、印象が違って見える。女房は、『ちっとも変っていない。』と言うのだが。私の印象も、目の見えていた時とはやはり違って見えるのだろう。時々訪問したりしてお話ししているお客様だと、声だけでもその方の名前が出てくるのだが、年を取るということは、忘れることも多いということだ。
現在の私の仕事内容は、お客様訪問をしていた昔とは違い、デスクワークが多い。車を運転しなくなってから16年、早いものです。
今年もあと2ヶ月あまり。年末にはカレンダー配りがあります。昨年は、運転手つきで200本ほど配りました。今年も同じだけカレンダーを注文しました。久しぶりにお会いできるお客様もあります。楽しみです。

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