きもの選びは友達探し、あなたの笑顔に癒される by かずまさ

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第526号 2011年4月22日「選挙」

震災で小さな報道になってしまった感があるが、先に行われた名古屋市議選、そして愛知県議選でも大きな変動があった。初めからわかってはいたが民主党の惨敗だ。だが、これほどの差になるとは思ってもみなかった。政治の世界がどんなものかはわからないが、これで名古屋市が良くなり少しでも減税が行われることを願う。ただ、『減税したのだからあれもこれも出来ません。』では困る。名古屋弁丸出しの市長さん、市民が安心して暮らせる都市(まち)作りをお願いしますよ。議員さんの給料はホントに下がるのかな?まずは、市民の関心事のひとつですゾ!

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第525号 2011年4月20日「十三参り」

4月13日は十三参りの日だった。昨年は問い合わせもあり商品探しもしたが、今年は宣伝することもなく終わってしまった。震災で忘れてしまっていた。
十三参りの時には縫い上げを取り、本裁ちの着物を着る。着付けには腰ひもを使い、この日からは大人の仲間入りだ。1m30~50cmくらいの仕立上がりの着物は利用者が少なく、探してもなかなか見つからない。あったとしても高額だ。
また、ウールのアンサンブルも見られなくなった。正直屋では、これも探して数反置いてはあるが需要は少ない。
ただ、問い合わせがあった時、『ありますよ!』と言うととても喜ばれる。着物の好きな人にとっては、可愛いおしゃまな我が子の姿を見たいと思うのだろう。小学校5・6年生の子どもにそんな思い出を残してあげることが着物好きを増やすひとつの方法だと思うのだが、需要を考えるとなかなか思い切った宣伝はできない。
ここまで成長してきたことに感謝し厄払いもするという十三参り。このような慣習を子ども達に伝える。着物好きを増やすために、まずはそんな話から始めよう。

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第524号 2011年4月15日「東日本大震災 No.4」

広告は私が担当しているのですが、DM・情報誌・ホームページ、どれをとっても後から見直してみると自分の作ったものは『クドイ!』。見方によっては親切だと自分では思っているんだけどなぁ。私をよく知る人からは『お前、本当に自分で書いとるんだなぁー』と言われることもある。
『徒然草』も520号を過ぎた。ネタがなくて困ることもあるが、だいたい人間自体がいい加減なので何をしたい!という目標も決まっていない。毎晩シーバスが一杯飲めて、ゆっくりお風呂に入れて、寝られればそれでいいや・・・と。今年は大震災で自由などままならない方々がたくさんいて、食事も満足にできない日々の恐怖や不安はどれだけのものだろう?
毎日TVで地震に関する番組が放映されている。『もう、見たくないわ!』と当事者でない心が言う。もし、当事者だったら、それどころではない。今日の電気・水・ガス・食事・寝床・・・『そういえば、近ごろ、ホームレスも見なくなったわねぇ』不自由な生活をしたことのない私にとって幸せの根本・・・?自分は良い環境にいるということに感謝しなくてはいけないと思う。

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第523号 2011年4月13日「お花見」

5234月7日の定休日、長者町の問屋さんへ仕入れに行った帰りに、久しぶりに名古屋城に立ち寄って桜を眺めてきました。
以前に名古屋城に来たのはいつだったろう?祖母の運転手として菊人形を見に来て以来だから数十年ぶりか・・・。昨年開府400年を迎えたらしいけど、中は変わっていないなぁー。
昔はここできもの組合主催の『ゆかた祭り』をやった。その時は屋台もたくさん出ていたけど、今回はそれほどでもない。でも、大道芸人もいて賑やかだった。
母さんの『桜がきれいねぇ』よりも、私は花より団子だからおでんとビールで楽しんだ。
毎朝、鶴舞公園を歩いている私は桜を見慣れてしまっているので、『きれいだねぇ~』と言う母さんの言葉に『うん、そうそう』と相づちだけ。
まぁ、たまにはいいか・・・天気も気分も上々のお花見でした。

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第522号 2011年4月11日「春がきた」

和合店の店先に咲いていた寒梅の花もすっかり終わり、桜もすでに満開の季節となりました。
春だがねぇ。毎年のことながら、鶴舞公園では朝早くから陣取り合戦があり、それを見るたびに『日本は平和だねぇ』と思うのです。3月11日の大震災のことをすっかり忘れてしまっている自分です。
この頃は原発の話が主になってきていますが、商いをしていると何も考えずに電気をつけ放題にしがちで、計画停電なんてことになると困るだろうなぁと考える。自家発電なんかも今後増えるんでしょうね。普段、水とか電気・ガスはいつでも利用できると思っているけれど、災害時にはまったく使うことができなくなる。毎日のTVで現代人がいかに楽をしているか、楽をしてきたか、またどれだけ有り難いことなのかを思い知らされます。
我々の仕事でなら、今、針と糸を持って繕(つくろ)いものが出来る人がどれだけいるか?針と糸が必要のない時代は良い時代なのか?考えさせられます。

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第521号 2011年4月6日「花粉症 No.2」

今年の花粉症は昨年の5倍くらいという前評判はTV等でも見聞きし知っていた。だが、3.11の大震災以来あまり話題にされなくなり、また、自分もつい10日程前までは大したこともなく済んでいた。
ところが、3月末頃から、少し風が強いなぁーと思っていたら途端に鼻水が出始め、目がかゆくなり、のどは痛いし、夜は眠れない。
夜中に起き出してのどの痛み止めに『のどぬ~る』なるものを塗る。ヒリヒリとスカーッ!となりしばしの睡眠。2~3時間経つとまた痛みで目が覚める。これの繰り返し。日中は薬を飲むから頭がボォーとして仕事が手に付かない。困ったものです。
いつになったら治まるのだろう。『クシュン!』 『ハァークション!』 あぁ、困った困った。

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第520号 2011年4月5日「卒業式 No.2」

3月下旬のこと、卒業式も一通り終え、早朝出勤も終わった。毎日のように朝6時や7時に出勤するのは身体にこたえた。起床時間はいつもと同じでも、ウォークマンを聞きながらの散歩のほうがやはりいい。仕事で忙しいのだから『ありがたい』と感謝しなくてはいけませんネ。卒業式は当店の定休日に当たる日もあり、2週間休みなしで働くのはちょっとしんどかった。年のせいかな?欲はいっぱいで、注文を受ける時は『ありがとうございます』なのに、着付け当日になるとシンドイとは不届きなとお叱りを受けますネ。それにしても、少ない人手の中で毎日朝早くから出勤してくれた一年生従業員にはまったく感謝しかない。毎日早いので交代しながらの出勤だったのですが、自宅から時間に間に合うように出勤するのはたいへんだったと思う。『本当にお疲れさまでした』

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第519号 2011年3月28日「クリアファイル」

発注していた押切もえとスザンヌのクリアファイルが届いた。出来栄えにたいへん満足、お客様の反応を早く見たいと思っています。
益若つばさのファイル見本も出来上がってはいるのですが、当店が加盟している振袖21グループみんなで利用しようと考えていて、これから本格的に作る予定です。とはいうものの、正直屋各店で配り始めてはいます。
先日、小学生の女の子にあげたところ、とても喜んでくれました。高校生・大学生の方にはレポートをはさむなどして利用してもらえばとても可愛くていいネ。
個人情報保護法の関係で、平成18年11月以降に移転された名簿は入手できなくなりました。DMの内容も他店とは一味違ったものをと考えるなら、このファイルもおもしろく利用できるかな?
押切もえはモデル契約が3月末で切れるので印刷物はこれが最後になります。彼女の振袖姿の画像は何度も利用させていただき、たくさんの振袖を販売させていただきました。これからは当店のモデルに着せて販売していく予定です。押切もえさん、『ありがとうございました』

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第518号 2011年3月25日「卒業式の着付け風景に思う」

3月1日より高校の卒業式が始まり、10日過ぎくらいからは毎日のように袴の着付けを予約されたお客様の来店が続きました。
5~6年前までは矢絣(やがすり)や色無地着物で袖丈も1尺3寸くらい(約50cm)だったのが、現在はほとんど2尺袖(約76cm)の品になり※魂振り(たまふり)の振袖のよう。袖が長いと自然と華やぐ(異性を呼び寄せるから?)  ※印・・・詳しくは第499号をご覧ください。
柄も明るくたくさん入り、卒業記念行事にはとても似つかわしい光景だ。誰が考え仕組んだものかは知らないが大したものだ。もちろんバレンタインデーのようにはいっていないものの活気が出ていい。当店でもヘアー・メイク・着付けの3点セットが多く、当日は『きもの屋』から『美容院』に変身。日頃は静かな店内も活気にあふれ、とてもいいムード。
何でもいいからお客様が毎日来店してくださるような仕組みを考えなくてはいけないと思う。

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第517号 2011年3月23日「卒業式」

今年の卒業式は震災の影響で自粛気味だ。学生生活を締めくくる最後の行事となるわけで、当店でも朝早くからヘアー・メイク・着付けのお嬢様たちが来店されにぎやかです。当日の記念撮影にも対応しており、最近ではご家族揃っての光景が普通になってきた。祖父母との撮影は4~5年前では考えてもみなかったことですが、記念すべき日に家族が揃って喜び合い、その記録として写真を残せることはとても嬉しいことです。当店では、その写真を広告にも利用させていただいていますが、良い表情の写真ばかりで自慢のひとつです。大地震という自然災害の中での卒業式風景。被災された方たちにとって、そんな光景は今は考えられないことでしょうが、2年後でも3年後でもいいからその方たちを集めて国や県・市で、または学校単位で思い出に残る楽しい式典が開催されるといいな・・・そう思う。

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