
第684号 2012年12月14日「最後の板ハガキ」
昨年も書いたが、年末で一番イヤなのは訃報のハガキだ。今年も毎日のように届く。昔お世話になった先輩、同級生、仕事関係の方やお客様。自分も60歳を過ぎたから、よく可愛がってくださった方々は、相当な年齢の人もある。その中でも、特にご指導してくださった方などは、『絶対亡くなってはいけない人』と自分で決め付けているので、訃報のハガキをいただくと悲しいだけではなく、お元気な時にもっと話を伺っておけばよかったと後悔する。あれもこれもと思い出を辿りながら懐かしく思う。『なぜ?』と言っても戻ってくるわけでもない。順番だからと諦めるしかない。現実は厳しい。
毎年、年賀状や暑中見舞いは板ハガキを使用してきた。今年も、12月初めに仕上がり、届けていただいた。後日、お礼の電話を掛けたところ、前日に葬儀を済まされたと伺った。板ハガキといえば絵馬だが、仕事の関係で宗教の話をよく伺った。しかし、お礼も言えないまま亡くなってしまった。もう来年からは、板ハガキを出すことが出来なくなった。この板ハガキで、どれだけのお客様とめぐり会えたことか。合掌し、『安らかに』と願う。心から感謝しています。
第683号 2012年12月11日「名刺交換」
名刺交換は、初めてお会いする方へご挨拶として、当たり前のように日々行われている。目が悪くなってからも同じようにしていた。
ある会合で、たくさんの人と名刺交換をする機会があり、いつもと同じように挨拶したつもりが、相手から、『先ほど名刺交換しましたよね?』と言わてしまった。そんなことがあってからは、必ず目のことをお話ししてから名刺をお渡しするようにした。
別の会合で、女性の方と名刺交換をした時のこと。2~3日後、仕事の注文でその女性に電話をした。覚えていない様子。『いついつお会いし、そのときの件で〇〇の話を伺いたいのだが・・・』と言ったら、『電話番号を教えてください!』。名刺を捨ててしまっているのだ。結局、その方との仕事はスムーズに進まなかった。ルールがあるとは思わないが、自分を売り込む以上、相手の名刺を捨てるような行為はあってはならないと思うのだが・・・。
私の名刺ホルダーの中にも、顔がわからなかったり覚えがない名刺がたくさん入っている。一枚10数円の名刺。捨てられるくらいなら渡さないほうがいいが、その判断は難しいですね。
第682号 2012年12月7日「アリとキリギリス No.3」
キリギリスが、ある時、急に今までの生活を反省し、アリさんのように働き出したらどうなるだろうか?キリギリスのことだから、働くといっても自分の特技を活かした音楽の演奏活動だ。アリさんだって、時には音楽も聴きたいから、そんな時に美しいメロディーが流れてきたら、つい聞き惚れて・・・。
アリが、ある時、急に今までの生活に嫌気がさして仕事をサボタージュした。こんな楽なことはない。毎日、寝る間も惜しんで働き続けてきた。旅をしたことも、遊園地へ家族みんなで行って楽しんだりしたこともない。美味しいものも食べず、ただ、ひたすら働き続けてきた。もう少し生活を楽しんでもいいだろう・・・。
ある時、アリとキリギリスが友達になった。毎日、二人は今までの自分の生活を語り合った。『私の生き方はこんな風だった。』『君の生活も楽しそうだね。』
二人とも、お互いの生き方に感心しながら酒を酌み交わし、ずっと親友として励まし合って生きたとさ。
第681号 2012年12月4日「エアコン交換」
本店の空調機が壊れた。平成9年に取り付けた機械だから、15年使用したことになる。5年前に一度修理はしたものの、『よく保ったがね!』と言われた。
ここ数年、機械のご機嫌をうかがって使用してきた。暑い日も冷やしすぎず、寒い時も暖め過ぎず・・・。しかし、今度ばかりは中も外も交換しなくてはいけないようだ。大出費だ。今ごろは、成人式用の振袖やその販売促進費用(DM印刷代および郵送料・HP管理費、等々)など、ほかにも何かと出費の多い時期だ。
成人式当日は、70名ほどのヘアメイク・着付を店内でしなくてはならず、エアコンが故障していては仕事にならないので、機械の交換をしてもらうことにした。現在付いている機械を取り外してフロンガスを抜き、新しいものを備え付けるというものだ。大掛かりな工事になりそうなので、営業日にかかっては困ると思っていたが、何とか一日で終わりそうだ。
年末の慌しい時期にもかかわらず来店してくださるお客様にはご迷惑をお掛けします。
第680号 2012年11月30日「神様の言う通り」
第679号 2012年11月24日「変わり目」
以前にも書いたが、小学5年生の時にやっと泳げるようになった。それまでは、水が怖かった。何でも、一度できるようになると、それからはできるのが当たり前になるものだ。自転車もそうだ。何日も練習して乗れるようになった。小学低学年の頃は、竹でできたのぼり棒に登ることもできなかった。鉄棒では、逆上がりがダメだった。中学1年生の時は、懸垂(けんすい)が一度もできなくて、先輩に、『練習中ずっと鉄棒にぶら下がっとけ!』と言われた。しかし、一週間もぶら下がっていると、次第に筋肉も発達するのか?できるようになった。先輩もおだてるのが上手かった。だんだんスポーツが好きになった。やらず嫌いだったのかもしれない。
食べ物も、子どもの頃は好き嫌いが多かった。煮魚・とろろ・納豆・トマトジュース・炊き込みご飯等々、小学5年生までは嫌いなおかずの時は、祖母に頼んで玉子焼きを作ってもらっていた。それを父に見つかり、ひどく叱られ、それ以後は出されたおかずを食べるしかなかった。お陰で、現在は出されたものは何でも食べられるようになった。
わがままな性格は、今でも変わらない。だが、小学5年生という年は、今から考えると変わり目の年だった。
第678号 2012年11月21日「新作振袖パンフ」
振袖のパンフレットは毎月郵送させていただいていますが、やっと振袖21グループの平成26年度第一弾が完成し、送ったところです。今回は、古典中心のパンフですが、一年がかりで商品チェックをして制作したものなので、オリジナル性の高い、他店にはない振袖ばかりと自負しております。来年早々には、もう一冊、可愛い系パンフを送る予定です。
これとは別に、当店だけのオリジナルパンフも制作しており、これには、グループ柄の他に、当店と取引をしている問屋さんでも地区限定で販売しているという商品をいろいろ掲載しています。大島優子・トリンドル玲奈・菜々緒・野崎萌香・荒井萌、等のブランド振袖です。可愛い新作のお披露目になります。12月1日発行の情報誌『月刊なごや』でも大島優子の振袖を宣伝しましたが、今後は新しいモデルも続々追加していきたいと思います。
名古屋で、『ブランド振袖は正直屋』と言われる店にしたいと考えています。ぜひ、ご来店いただき、試着してくださると嬉しいですね。
第677号 2012年11月16日「朝焼け」
現在の名古屋の日の出は午前6時30分頃、ちょうどラジオ体操の始まる時間です。まだ薄暗い中を起きて、鶴舞公園に出掛けています。急に寒くなってきたので、重装備の服装に替えました。『これなら、雪が降っても風が吹いても寒くないぞー』とばかりに歩きに出ます。明るくなるのが遅くなってきたので、暗がりの中を出掛けるには足元が恐く、そろそろラジオ体操には参加できなくなります。毎日あいさつをしている方々との暫しのお別れが近づいています。しかし、元気なお年寄りの多いこと。毎日来られている方は、ラジオ体操の歌も大きな声で歌います。私も、できるだけ元気良く歌いたいと思っています。
朝は気持ちが良い。そんなわけで、振袖パンフの裏表紙も、前回から朝焼けの写真を使用しています。昨日は嫌なことの多い一日だったけど、今日はいい日だ!元気が一番!楽しく愉快で健康で!今、身体はちょっと不健康な私も、大声で体操の歌を歌って一日を始めます。新しい朝が来た~♪
第676号 2012年11月9日「昔の話-私のこと 番外編」
基本は同じだと思うが、30年前の営業と今とでは明らかに違うところがある。
これは正直屋に限ったことだが、以前は毎日、車で外販に出掛けていた。主に友の会の集金だが、集金をしながらの御用聞きである。毎月伺うお客様宅は、何か着物を着用する趣味や仕事を持った方が多く、そのほかでは婚礼の仕度だった。現在は、持参されない方やレンタルの方も多くなった。
どうしても着物を着用しなくてはいけない時の判断が、昔とはずい分違ってきた。もう一つ前の30年前と比べると、戦後間もない頃のことになるので、物々交換という時代になるが、そのもう一つ前、つまり90年前と比べるなら、日本人のほとんどが着物を普通に着ていた時代になるわけだ。時代の移り変わりとは妖しいものだ。当たり前のことが当たり前でなくなる。車のエアコンも、30年前はエアコンの付いていない車も珍しくなかったが、現在では付いていないなんて考えられない。
商いの話に戻るが、私たちはお客様宅に足を運んで認めてもらった時代だった。正直屋の場合、立地条件が悪かったから外販が主だったのだが、外回りなどしたことがないという商店街にあるお店の話も聞いたことがある。今はどうか?外回りをするだけの人数を確保できていない。会話ができない。どんな質問にも対応できる商品知識がない・・・自然と店にいる時間が長くなる。
どんな方法で、商いをしたらいいのだろう。DMか?ホームページか?テレビ、新聞、情報誌等で宣伝をすることで店を知っていただき、来店願うしかないのだろうか?
我が母の口ぐせではないが、『難しい 難しい』です。
第675号 2012年11月6日「昔の話-私のこと No.30」
厳しい毎日だったが、ホームページのおかげで、少しずつDM請求や商品の問い合わせが来るようになった。だが、遠方のお客様の購入はなかった。
平成19年11月に、茨城のお客様から振袖の問い合わせがあった。きっと購入はされないだろうなと思いながらも、暇も手伝って詳しく説明させていただいた。二日後、同じ方から再度電話があり、購入したいとのお話。『えっ、本当ですか!?』と思わず言ってしまいそうになるくらいの驚きだった。それまでは、遠方の方はひやかしばかりだった。光通信といえども、長電話はイヤだった。思いがけず売上が出来てしまい、その後の対応は、より一層丁寧になった。
倖田來未ブランド振袖の問い合わせの時には、『今日、その柄、試着してきました。』と言われたお客様があった。普通は、試着したその店で購入すると思うのだが、対応がまずかったのだろうか、当店で購入された。
ネットでの販売は難しい。洋服と違って着物は、重ね衿・帯締め・帯揚げ・草履・バッグ等、合わせるものが多い。センスの良いお客様は、自分のイメージに合う商品が見つかるまで妥協されない。何度もメールや電話でやりとりして決定していくのだ。
それにしても、高額な和服も、全国各地のきもの屋のホームページをチェックして買う時代なのだ。時代は変わったと改めて実感した。

