
第634号 2012年6月10日「お宝」
私の年代は、ビートルズやローリングストーンズのレコードをよく聞いた世代だ。ビートルズの日本公演も、テレビで見て、それをオープンリールにコピーしてよく聞いた。ビートルズの曲は、すべてCDを購入し、今でも朝の散歩時によく聞く。曲が発表されてから、もう40年以上経っているのに、新鮮に映るしワクワクする。
ジョン・レノンもジョージ・ハリスンも亡くなってしまった。ジョン・レノンが亡くなったのは12月8日。私の友人にも同じ日に亡くなった人がいて、一生忘れられない日になった。昔は人生50年と言われていたが、現在は70年80年と永く生きられるようになった。ポール・マッカートニーやリンゴ・スターは、今でもあの頃のようにノリノリで演奏しているのだろうか?自分の記憶の中では、いつまでもイメージとして残っている。また、その音楽を聞くと当時の思い出が蘇り、懐かしく思う。
当時は、Gパンをはいて、部屋にはレコード屋さんからもらってきたポスターを隙間なく貼っていた。そういえば、映写機でしか見ることのできないビートルズのテープをいただいて・・・。どこかにしまいこんであると思うのだが、それこそ私の宝物だよ!あの頃、貼っていたポスターも残しておけばよかったなぁ。でも、私にとっては宝でも、残った人にとってはガラクタにしかならない。
40年なんて早いもんだね。その間、楽しいことばかりではなかったが、変わらず生活できているんだから、平凡が一番の宝かな?
第633号 2012年6月8日「絆」
最後のお見送り、つまり、葬式は誰にでもある。幸せだった家族の絆もその時限りになってしまう。
朝のワイドショーで、みのもんたさんの奥様の葬儀を見た。喪主としての最後の挨拶の中で、娘さんが着ている喪服の話をされていた。『娘さんが急に奥様の喪服を着たいと言い出した。寸法が違うからやめるよう言ったのだが、どうしてもということだったので当日着せてみたら、娘さんのサイズに作り直されていた』というものだった。娘さんがそんなことを言い出したのは、葬儀の時には当然のこととして喪服を着るものだという教えがあったからに違いない。娘さんが、突然、親の教え以外の行動をとることは考えにくい。母親はそんなことを想定して、娘には内緒で喪服を作り直しておいたのではないだろうか。昔なら、そんなことはどの家庭でも行われていたことだ。親の子どもに対する教えや愛情はこんなところにも表れる。近ごろは、身内の葬儀でも洋服で済まされる方が多くなった。寂しいですね。
最近は、何でもレンタルできる時代だ。レンタルが悪いわけではない。簡単で手間もいらず片付けなくてもよい。便利な点はたくさんある。しかし、親から子への継承すべき教えを伝えることはできない。きもの屋だから考えることではない。『絆』の大切さを見た思いがした。
第632号 2012年6月1日「スマートフォン」
若者のほとんどは携帯からスマートフォンに替わっているという。近ごろ、時代の変化についていけない自分をよく見る。いい例として、テレビに出てくる若い歌手やその音楽がまったくわからない。歌詞がわからない。だから見ない。そうすると若い人との会話ができない。当然のことだ。振袖を販売するという仕事をしているのに、若者の現在の動向がわからないというのも困った話ですね。バラエティー番組は特に嫌い。『何が面白いのだ!』とチャンネルを変えてしまう。腹の立つのは、大して面白くもない話に笑い声をかぶせて笑わせようとする演出。バカ笑いをしろと要求する。流行についていけないオジサンになってしまったのだ。自分は絶対そうならないと少なくとも10年前までは思っていた。カラオケに行かなくなってから新しい曲を覚えなくてもよくなった。招待旅行がなくなった頃からかな?
話をスマートフォンに戻そう。いくら自分がいじれなくても、お客様から選ばれる店にするにはスマートフォン対応が必要だと業者の方に勧められ、現在検討中です。60歳台の方でも、もうすでに利用されている方も多く、憧れてしまう。覚えなくてはいけません。『年を取ったら趣味を持ちなさい』と言われるが、本当にその通りだと思う。
さて、何に興味を持つか・・・。
第631号 2012年5月30日「携帯電話」
携帯電話が普及し、ほとんどの方が持つようになった。電話の利用法もいろいろあり、上手に使っておられる方もたくさんいる。例えば、特別な場合を除き、自分からは掛けないという方もある。電話代が節約できていいことだと思う。固定電話のほうが絶対安価だと思うからだ。家や店にいる場合は、その方が安い。
先日、私の携帯にワン切り電話が掛かってきた。折り返したら、『そちらの電話を利用して申し訳ないが・・・』で始まった。何と営業の電話だった。失礼な話だ。面識のない人の電話を利用して自分の営業をするのは相手に不快感を与えるだけだ。すぐに切ったが、近ごろは常識も何もないなぁと嘆いた。相手のことをかまわない。私も一方的に話をし、人の仕事の妨げをよくしている。後で『しまった!』と思う時もあるが、面識のない人に対して、電話代を相手持ちにしたことはない。注意しなくてはいけない。
第630号 2012年5月27日「創業祭」
今年創業88年を迎え、お客様や関係業者様の応援のお陰と感謝しています。
創業祭というのは、正直屋が創業50周年を迎えた時に記念売り出しとして始めたもので、7月の第一週の土曜日曜をはさんで行ってきました。まだ、ついこの間のように思うのですが、早いもので30年以上も過ぎてしまいました。
5月の末ともなると、7月の創業祭のパンフレット作りを始める。現在なら、『この暑い時期に・・・』と言われ、話は進まない。ところが、よく売れた。特に『ゆかた2,000円』。当時は、今のプレタ(仕立上り品)と違い反物だった。一人で2反3反、多い人は20反30反も。何に利用するかというと、お中元に利用されたのだ。当時でも、1反一万数千円するブランドゆかたもあった。やはり安いという宣伝文句は、良い商品であれば、なおさら受ける。それは当たり前のことで、毎年の人気商品となった。ゆかた販売では利益は出なかったが、ついでに購入されていく商品もたくさんあり、売上もよかった。夜9時までの営業だったが、忙しくて食事ができない日もあった。
懐かしい思い出です。
第629号 2012年5月25日「ゆかた」
今年も日ごとに暑くなってきました。『ゆかた』の新柄発表の時期になりました。といっても、メーカーも以前のようにモデルを使った商品写真の撮影をしなくなり、それにより、今年の当店のホームページでは、唯一、メーカーのものは『大島優子』の写真のみです。仕方がないので、当店のお客様や姉妹の方にお願いし、商品を着用してもらい撮影して、それをホームページに載せることにしました。見ていただけましたか?『可愛い』でしょ!
ゆかた販売も、この数年、専門店での販売が少なくなり、デパートやスーパー等の水着売場での販売が目に付くようになりました。気軽に見られるのが若いお嬢さん方に受ける理由のひとつのようです。
男女でのペア姿も多くなりました。嬉しく思います。特に、60歳過ぎのご夫婦のペアでのゆかた姿は良いと思うのです。ノスタルジックな雰囲気とのどかさ、若い方のペアもいいけど、夕方の散歩時の熟年夫婦のペア姿もカッコイイと思います。一度試してみたらいかがでしょう!
第628号 2012年5月18日「大人 No.2」
お元気ですか?
欲張りじいさんには なりたくないなぁー
と思っていた そうでもないらしい
商品仕入れや 物の値段交渉のあと
本当にお客様の為かな?と思う
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お元気ですか?
年を取ったら 笑顔の素敵なおじいさんに
なりたいと考えていた
可愛い顔のお年寄りに出会うと
幸せな人生なんだと思う
私はどんな顔だろう?
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お元気ですか?
着物屋を手伝うようになって41年が過ぎた
そのうち21年間は 毎日着物を着用してきた
あと どれくらい続けられるか?
着物好きでいられるか?
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大人になることは難しい
子供のままの方が楽しいかも
でも 年齢がそうはさせてくれない
それが 大人になることなのだ
第627号 2012年5月15日「甲斐性」
男の甲斐性は『飲む、打つ、買う』と言われています。が、普通の男達は甲斐性が無いから(?)そんな遊びはできない。ところが、落語の世界ではないが、思いがけず大金が入ると、大きくもない人間がやたら自分を大きく見せようと背伸びする。今までチマチマ生きてきたのに大盤振る舞いをしたりする。特に好きな異性の前でとなると・・・困ったものです。これは男でも女でも同じようだ。
お金がいくらでもある人間ならそんな生活もいい。世界にはそんなラッキーな人間もたまにはいる。しかし、そんな生活はいつまでも続かない。誰でもグータラするのは大好き。一度そんな生活にのめり込んだら二度と出られない。宝くじで億万長者になってもロクなことにはならないようだ。もちろん、身近で宝くじに当たったという人の話は聞いたことはないのであくまでも噂話だが・・・。
大酒飲みも年を重ねるごとにホラ吹きに変身したり、病気になったりする。甲斐性とはおもしろいものだ。宝くじに当たらない方が幸せかもしれない。だが、一度でいいから当たってみたい。当たらないかなぁー。そう思うのも人生だな。
第626号 2012年5月11日「味」
『あそこの店は味が濃い!』『辛い!』とか、自分の好みによって自然にひいきにする店ができる。昔はよく出掛けていたのに、現在は行かなくなってしまった店もある。年齢によって味に対する感覚も変わってくるのだろう。考えると食べる物も変化している。昔は肉をよく食べたが、今はそれほど食べたいとは思わない。
我々は仕事柄、外回りをしていれば、どうしても外食しなくてはいけない場合も多く、昼食時、色々な店に入る。行き当たりばったりの場合も多いが、一日の予定を考えて走り回る場合は決まった店に行く。夜や休日は、その時何が食べたいかを考え、やはり好きな店に行く。
以前からよく通っていた店の味が濃く感じられるようになった。母さんに『味が落ちたな。ご主人、身体の調子が悪いのだろうか?』などど話しながらも毎月通っていたが、それも2~3ヶ月に一度になってしまった。食後、気持ちが悪くなったりしてどうしても食べられなかったのだ。
その後、糖尿病により血糖値が上がり、一年間酒をやめた。ある時、久しぶりにその店へ行き、いつも頼んでいた煮込みうどんを食べた。昔のままの味だった。やっと気づいた。自分の体調が味を変えていたのだ。味覚とは恐ろしいものだとその時知った。
第625号 2012年5月8日「昔の話-私のこと No.13」
京都の物作り商法と違い、現金を持参して大量に安価で買うというのが名古屋商法だ。それが、私の考えの通りとは思わない。もちろん愛知県でも一宮のウール、有松の絞り等、物作りもしている。名古屋の繊維問屋さんは、物作りをしないで出来上がりを仕入れ、販売する店が多かった。しかし、その方法には問題点がいろいろあった。平成に入り、小売店が時代の流れを読み取れず売上不振になり、問屋街でも商いの方法を変えることなくそれまでのやり方で商売していた。『きものが売れなくなった』・・・そんな時代は来ないと信じていた。そうこうしているうちに『きもの屋の廃業』が始まった。耐えられず問屋さんの倒産が始まった。組合の展示会も少しずつ厳しさを増していった。簡単に売れなくなった。お客様との日頃の接点、信頼関係が大切な時代になった。
