第878号 2015年8月31日「クレーム」

20年ほど前、個客から、お嬢様のご主人用にと、白大島の上下ほか、着用に必要な品一式すべてを揃えると、いくらかかるのかというお問い合わせがあった。最高級品の見積もりだ。150万円ほどかかるであろうとお話ししたところ、ご注文いただけたので納品した。
それから半月ほど経ったある日、その個客から電話がかかってきた。私が納めた品が、他店では20万円で購入できるというのだ。それも、大島では有名なお店だという。
大島といってもいろいろある。どのような品かチェックもしないで答えられたのだろうか?個客は、興奮されていて、私の説明など耳に入らない。『白大島の切れ端に、生産地や作者等のシールが付いているから、それを大切に保管しておいてください。』とお願いするだけだった。
20年が過ぎた。再会の第一声は、『嘘つき屋か!』だった。20年前と同じだ。『こんな客とは話をしたくない』、そう思った。
自分の販売した品に対する自信は、今も変わらない。男物の白大島、もちろん本場大島、120亀甲。現在でも、そんな品が存在するだろうか?長襦袢も羽織裏も手仕上げ、雪駄(せった)も畳表の三枚重ね、そんな品だ。
私の記憶の中では、悔しい思い出として残っているので、話をするうちに、当時の思いがどんどん蘇ってくる。20万円だと言った店の方を信用した客だ。お互い若かった。あれ以来、話もしていない。だが年は取った。
どこかでも、この切れ端の話を聞いたのか?、私をもう一度試したかったのか?、まだ何か言いたいことがあったのか?、本当に調べたいのなら、産地へ行って調べたらいいのに。デパートで聞いて、答えられる人、わかる人がいるだろうか?今さらという思いで説明した。
今頃になって調べる必要もないということは、本人もわかっていたことだろう。最後は、『ありがとう。』で終わった。私も若かったのかな?
しかし、いい加減に答えてしまう同業者がいることは、とても残念に思う。

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