第853号 2015年1月7日「着物のこと No.4」

853以前、京都の職人さんの高齢化の話を聞いたことがある。我店の仕立屋さんの高齢化も深刻だが、幸いなことに若い仕立屋さんもいる。しかし、彼女には小さいお子さんがいて、そちらに手がかかるだろうと、倍の時間がかかることを想定して仕立てに出している。だから、早く出来上がってきた時には『ラッキー!』と思う。
近ごろ、注文の少ない商品も出てきた。雨コート、絹の夏物、常に着用されていない品は仕立が出来なくなり、メーカ―に出すなどして補っている。綿入れの袢天(はんてん)などは既製品が安価で売られるようになってからは皆無だ。先日、丹前真綿を購入されたお婆さんがいたので、何に使うのか尋ねてみたら、身内の袢天を作るのだと話しておられた。表地は絹、中綿も本真綿だから軽くてとても暖かいだろうと想像する。以前にもそういう注文を受け、既製品との違いを知っているからわかるだけで、既製品しか扱っていなかったらわからない話だ。
着物の世界も、どんどん欧米化している。洋服の世界では、ワンナイトパーティードレスとかいうものがあるらしい。一晩使用できれば良しとした、それなりの品質と縫製のドレスのことらしい。反対に、日本の格安衣料メーカーは、良品をいかに安価で販売するかという努力をしている。
日本の着物は、何度でも作り直すことができるというのが利点であった。だから、購入して大切に扱った。祖母の着物を母が着て、またその娘が着る。そんなことが当たり前のようにされてきた。日本人の物を大切にする魂というのが根本にあったからだ。
レンタル着物が多くなった。ワンナイトパーティードレスと同じ考え方なのだろう。どうせ一日だけだから安価な品でいい。着物のたたみ方も知らない。そんな時代だから仕方がない。日々着用する品でもない。
最高の繊維である絹は、これから増々生産が減ってくる。糸を作ることに手間がかかりすぎるからだ。ただ、着るものとしての需要は減っても、他の品での利用は増えるかもしれない。
時は移り変わり、人も変わる。その時代に適応した衣が当然残る。日本人はこれから着物をどう捉(とら)え、残してゆくのだろう。100年後に成人式がまだ続いていたとするなら、その時、彼女・彼らたちはどんな衣装をまとっているだろう。

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