第851号 2014年12月29日「着物のこと No.3」

着物販売において、昔は、担(かつ)ぎ屋という商いの手法があった。基本的には店を持たず、着物や小物類を持参して、お客様宅を廻るのだ。シミ抜きや洗い張りなどのアフターフォローもした。お客様の好みそうな商品を研究して商品の仕入れをした。着物を着る人が多かった時代には、お客様にとって大変便利な存在だった。着物を着て仕事をされる人は、四季に応じた品が必要となる。だから、担当者の手腕によって自分がより光り輝くわけで、だから大切に利用した。
正直屋に戻り、ひとりでお客様廻りをし始めた頃、お客様の中に、担ぎ屋さんで商品を購入されている方があった。その方からは多くのことを教えていただき、大変勉強になった。来店して購入していくお客様は、目的があっていらっしゃるから求められるものをお見せすればよい。お客様廻りというのは、いわば御機嫌伺(ごきげんうかが)いであって、訪問したお宅すべてから注文をいただけるわけではなく、訪問した日や時間帯によっては相手すらしてもらえない時もある。世間話の相手をするにも、それについていけるだけの知識が必要で、新聞を読んだり着物についての新しい情報を得ることが最も大切だ。番頭からは、『デパート巡りをして商品単価や流行を勉強してきなさい』とよく言われたものだ。
振り返ってみると、お客様から、その方が持っている品の自慢話を聞かせていただけるようになった頃から、自分の勧める商品も見ていただけるようになったと思う。しかし、わからない商品ばかりで、お客様に教えていただきながらの商いだったから、今思うと、よく購入してくださったものだ。お客様からすれば、後ろで番頭がフォローしてくれているという安心感からだったに違いない。正直屋ブランドの信用のお陰だと気づいたのは50歳を過ぎてからだ。そんなお客様も永眠し、番頭たちも定年を迎えて退社した。
今でもお客様廻りは続けているが、昔ほど廻るところはない。店にいると、たまに着物好きのお客様が来店されることがある。そうすると、昔覚えた商品知識の『おさらい』のような会話をすることがあり、とても楽しい。現在でも、毎日着物を着用されている嬉しいお客様もあり、そんなお客様の洗い張りやシミ抜きは少しでもお値打ちにしたいと思ってしまう。

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