第647号 2012年7月27日「昔の話-私のこと No.21」

平成11年の春に私の母が亡くなると、今度は女房のお父さん、お母さんと亡くなり、毎年のように法事も続いた。
仕事のほうでは、母さんは事務を勉強し、私は『友の会』の残務整理が続いていた。まだ、総合呉服も売れていた頃だった。自店だけで名古屋の中心地・栄で年3回の展示会を開催した。販売品目の中身が少しずつ黒の礼服とか宝石とか着物以外のものが入るようになり、呉服では振袖販売に力を入れるようになった。おしゃれ呉服の大島紬や羽織が売れなくなった。当店では、婚礼寝具も扱っているが、これまでは組夜具を嫁入り道具として持参される方が多かったが、羽毛布団が主流になると次第に婚礼ふとんも売れなくなった。
毎日店に出ることで、肌で感じることがたくさんあるが、自分が平成の初め頃から着物を着用するようになって、『きものっていいね!』と話すお客様の真意は何か?と考えた時、たまに着用して気づくこと、毎日着用して気づくこと、今後のきもの業界はどうなるだろうか?私達の年代の者が方向を示さなくてはいけないと思う。

ページの頭に戻る