第447号 2010年6月15日「難しい 難しい No.2」

『難しい!難しい!』はおふくろが口癖でよく言っていた言葉です。以前にも書きましたが、私の母は耳が遠く、よほど大きな声で話さないと聞き取れないのに、雑音ばかりが入ってうるさいと補聴器を嫌い、私が10代の頃はほとんど使用していませんでした。だから、当時は仕事も私生活も蚊帳(かや)の外の人で、3人の妹達に囲まれ、男1人で育った私は、結局、お祖母ちゃん子に育ち、甘いわがままなおぼっちゃんになったわけです。
母は、職業軍人の妻として嫁ぎ、満州で戦後も辛い思いをし、昭和24年に日本に帰り、正直屋を継ぎました。耳が遠いばかりに、その頃の従業員は、我々子どものいる前でも平気で悪口を話し、それは皆のはけ口だったわけです。それで店は大きくなった?のか。私が奉公から戻ってからは、補聴器も次第につけるようにはなりました。それまでは、話し相手にもなっていない状況の日々だったから、母が何を話しても皆からまったく無視され、私自身も30代、40代は親を親とも思わない、今から思うととんでもない子だったのです。誠に申し訳なく思う、そんな母が会話の間に漏らす言葉が『難しい!難しい!』でした。仕事のこと、食事のこと、子どものこと・・・彼女の見捨てられた苦労、73年の生涯は幸せだったのか?・・・いや、母はきっと、そのすべてを知って生きていたのかもしれない。今頃になって、きっとそうだと思うのです。

ページの頭に戻る